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大阪地方裁判所 昭和52年(わ)886号 判決 1977年12月26日

主文

被告人を懲役三年に処する。

本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

押収してあるロープ一本(昭和五二年押第三三一号の3)、アイスピツク一本(同号の6)及び覚せい剤粉末二包(昭和五二年押第一〇六〇号の1)を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(事実)

一本件犯行に至る経緯

被告人は、昭和三三年ころ、当時アルサロのホステスをしていた塩田琴代(昭和一三年八月一五日生)と知り合い、その後間もなく同棲をはじめ、昭和三五年五月二〇日同女と婚姻した。

被告人夫婦は約一〇年位前からいわゆるSMプレーと称する加被虐性性行為を行なつていたものであるが、昭和五一年一〇月ころからは、被告人が琴代にさまざまな姿勢をとらせてロープで同女の手足、胴体、首などを縛つたうえ、アイスピツク、包丁などを同女の身体各部に突きあてたり束ねたロープで同女を殴打したりして同女に肉体的苦痛を与えることにより互いの性感を高めて性交するようになり、琴代はロープの緊縛がゆるいと性感が高まらないとして被告人に対しできるだけ強く縛るよう要求し、被告人もこれに応じて思いきり強く同女を緊縛したうえ、緊縛したロープをつかんで同女の身体を持ちあげて上下にゆさぶつたり、タオルやロープで同女の首をしめて同女を失神させるなど次第に加被虐の度を強めていつた。さらに、同年一二月初ころからは、性行為の際に互いに覚せい剤を頻繁に使用することにより、一層興奮、絶頂感を高めるとともに、著しく長時間にわたつて右のような加被虐性性行為に耽溺するようになつた。

被告人と琴代は、昭和五二年一月一四日の夜も、琴代の提案で吹田市山田西四丁目四番一四号千里スカイハイツ一二一四号の自宅において右のようなSMプレーをすることになつたので、その邪魔になる子供二人を琴代の母塩田光子に預つてもらうようにするため同女の面前で夫婦喧嘩の芝居をしようということになり、同女方に赴き派手な夫婦喧嘩を演じて同女をして余儀なく右子供二人を預らしめたうえ、翌一月一五日午前〇時ころ自宅に帰つた。

二罪となるべき事実

第一  (1) 被告人は、同日午前一時すぎころから、SMプレーの際の性感を高めこれを長時間持続させるため、法定の除外事由がないのに、フエニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末小匙一杯足らず位を水に溶かして、これを数回にわたり自己の腕に注射して使用した。

(2) 琴代も、被告人と同様に覚せい剤粉末を水に溶かして自己の腕に注射し、被告人はナイロン製ロープ(昭和五二年押第三三一号の3及び証拠等関係カード甲(10)の100)を用意し、全裸の琴代の両手を後手にとり、同女の前頸部から後ろに渡した右ロープでもつて同女の後手を強く緊縛したうえアイスピツク(同号の6)や包丁(同号の4又は5)を同女の身体各部に突きあてたりするなどの暴行を加え、長時間にわたつて連続的に加被虐的な性行為を行なつているうち、右暴行により、同日午後五時三〇分ころ、同所において頸部絞搾により同女を急性窒息死させるにいたつたが、被告人は、当時、生来の軽度の気分易変性、意志不定性精神病質的性格に、琴代との間に右のような常軌を著しく逸脱した加被虐性性行為を連日長時間にわたつて反覆しその加虐の程度も極限に近い状況にまで至つていたこと、さらに高濃度の覚せい剤溶液の連用によつて軽度の被害妄想、妄覚も生じていたことも加わつて、道義的羞恥心及び事理の判断能力が著しく減退しており、いわゆる心神耗弱の状態にあつたものである。

第二  被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五二年六月二一日午前零時四〇分ころ、京都市東山区東大路通七条下ル新瓦町六五六番地養源院前路上に停止中の普通乗用自動車内において、フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤粉末二包約0.06グラムを所持したものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

覚せい剤取締法第四一条の二第一項第三号、第一九条(判示第一の(1)の事実)、刑法第二〇五条第一項(同第一の(2)の事実)、覚せい剤取締法第四一条の二第一項第一号、第一四条第一項(同第二の事実)、刑法第三九条第二項、第六八条第三号(同第一の(2)の事実)、同法第四五条前段、第四七条本文、第一〇条(判示第一の(1)の罪。但し、短期は同第一の(2)の罪による。)、第二五条第一項、第一九条第一項第二号、第二項文文、覚せい剤取締法第四一条の六本文、刑事訴訟法第一八一条第一項本文。

(弁護人の主張する判断)

弁護人は、「判示第一の(2)の被告人の被害者に対する有形力の行使は、同女の求めに応じて同女の性感を高めるためになされたものであるから、違法性がないのみならず、そもそも暴行の定型性を欠くものであつて、右所為は傷害致死罪に該らないし、また、当時、被告人は、覚せい剤の連用の結果、是非善悪を弁識し、その弁識に従つて行動する能力を喪失していたから心神喪失の状態にあつたものというべきである。」旨主張する。

たしかに、相手方の嘱託ないし承諾の下になされた有形力の行使は、一般的には、違法性を欠き、そもそも「暴行」の定型性を有しないというべきであるが、右の有形力の行使が相手方の生命の危険や身体の重大な損傷の危険を包含しているような場合においては、相手方の嘱託ないし承諾により「暴行」の定型性あるいは違法性が阻却されるものではないと解するを相当とする。被告人と被害者が行なつていた性行為は、前判示のように、被告人が全裸の被害者にさまざまな姿勢をとらせて、同女を強く緊縛したうえ、刃物を同女の身体各部に突きあてたり、束ねたロープで同女を思いきり殴打したり、あるいは同女を緊縛しているロープをつかんで同女の身体を持ちあげて強くゆさぶつたり、タオルやロープで同女の首をしめるなどして、しばしば同女を窒息死寸前の失神状態にするというこの種性行為としても極限的な態様のきわめて異常で危険なものであり、本件の場合、被告人らの性行為および被告人の被害者に対する有形力行使の具体的態様は、被告人が記憶がないとして十分な供述をしていないこともあつて必ずしも詳細な点まで明らかになつてはいないけれども、少くとも、全裸の同女の前頸部から後ろに渡したロープでもつて後手にとつて同女の両手を緊縛した状態でさまざまな加被虐性性行為を行なつていたことは明らかであり、当時被告人が覚せい剤を頻繁に使用することにより連日きわめて長時間にわたつて右のようなきわめて異常な性行為を反覆してゆく過程でその危険性に対する予見認識が次第に鈍麻し減退してきていたであろうことを併せ考えるとき、右のような行為はやはり同女の生命、身体に対する重大な危険をはらんでいたものという他なく、したがつて、右行為が暴行の定型性を十分に具備しており、また、違法性をも有するものといわなくてはならない。

また、被告人が当時覚せい剤の連用による軽度の被害妄想、妄覚等により是非善悪の判断能力が著しく減退していたことは前判示のとおりであるが、医師濱義雄作成の鑑定書によれば、覚せい剤乱用が通常意識の障害を惹起することはなく、また、連日の右のような性行為の反覆からくる睡眠不足や性的加虐という行為態様がもたらす心理状態が朦朧状態など高度な意識障害の状態とは質的に全く異なることは明らかであり、右認定の程度をこえて被告人が当時是非善悪を弁識し、これにしたがつて行動する能力を全く喪失した状況になかつたことは明らかである。

したがつて、弁護人のこれらの主張は採用できない。

(山中孝茂 日比幹夫 的場純男)

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